電子版安田純平「自己紹介」
自己紹介
名前
安田純平(やすだ・じゅんぺい)
出身
埼玉県入間市
特技
少林寺拳法二段
履歴
1997年

信濃毎日新聞社記者に。松本本社に在籍し、以後、計10町村の行政・経済など市民の暮らし全般を担当。北アルプスの山小屋のし尿処理問題を扱った連載「待ったなし 北アし尿処理」に参加。その後、信州大学を担当し、脳死肝移植などを取材。

2002年

3月、休暇をとってアフガニスタン取材。

4月、文化部に異動。

12月、休暇をとってイラクを取材。

2003年

1月末日、退社してフリージャーナリストに。

2月中旬からイラクを取材。一時出国するも開戦直後に偽造「人間の盾」ビザで再入国。ホテルに泊まって勝手に取材するつもりがイラク軍に拘束され、観念してバグダッド南部のドーラ浄水場に入る。その後もイラク警察などに数回拘束されるが、フセイン政権崩壊後まで滞在し、中部ナジャフなどを取材して帰国。

10月、イラクを取材。バグダッドを中心にクルド人地域、サマワなどを取材。

2004年

3月からイラクを取材。主にバグダッドに滞在。

4月14日、バグダッド西方アブグレイブで地元住民の自警団にスパイ容疑で拘束される。

同17日解放。

2005年

1月、スマトラ沖地震・津波で甚大な被害を受けたインドネシア・アチェ州を取材。

2月、アチェ州で、インドネシア軍の軍事作戦に苦しむ津波被害者らを取材。

7月、ヨルダン、シリアでイラク関連取材。

10月、イラク北部を取材。

2007年

2~5月、クウェートでイラク戦争民営化取材のため労働者になるために就職活動。

5~12月、イラク中南部ディワニヤのイラク軍訓練基地建設現場で料理人をしながら取材。

12月~翌年1月、イラクの首都バグダッド・インターナショナルゾーン内の民間軍事会社事務所で料理人をしながら取材。

2008年

10~12月、戦場出稼ぎ労働者の実情でインド、ネパールで取材。

著書
「ルポ 戦場出稼ぎ労働者」(2010年、集英社新書)
「囚われのイラク」(2004年 現代人文社)
「誰が私を『人質』にしたのか」(2004年、PHP研究所)
お願い

私自身の言動はすべて私自身の判断によるものです。その判断について、私の家族、親戚一同は誰一人かかわっていません。「自己責任の原則」とは、自分自身の行動についてのみ責任を負うということです。したがって、私の言動に対する責任を私の家族、親戚一同に求めることは今後おやめいただくようお願いいたします。私自身の身に何かが起こった場合でも「自己責任」ですので、「自己」ではない私の家族、親戚一同への取材は一切行なわないよう重ねてお願いいたします。